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1980年代の山
この年代は一人での山スキーがあり、槍沢や乗鞍もへっぴり腰で滑り
ました。87年に丹沢山麓に引っ越ししたので、丹沢周辺が多くなりま
した。とくに大山へは会社の仲間や親戚などとも何回も登りました。 |
1980年5月7〜12日 ◇槍沢を滑る◇ 124
7日朝、上高地へ入り槍沢ロッジの先に設営。8日にスキーを担いで槍ヶ岳山荘まで登りま
したが雪で停滞、10日に雪を掻き落としながら槍の穂先に登りました。午後から槍沢を滑りま
したが荷が重くてやっとの思いでテントに到着しました。仲間の差し入れのビールに感激し、11
日には横尾山荘まで異動して打ち上げ、12日に帰京しました。3人。 |
1983年4月28〜30日 ◇乗鞍岳を滑る◇ 127
28日朝、松本駅から鈴蘭小屋へ入り入浴後、位ヶ原山荘に泊まりました。29日は雨で停滞。30日朝、登り始めスキーを肩へデポ、乗鞍岳に登頂。写真右は槍と穂高。山荘まで滑り、目標を達成したので予備日を残して冷泉まで下り、開通したばかりのバスに乗り込みました。単独行。 |
1983年8月18〜23日 ◇北ア・裏銀座縦走◇ 129
台風のため出発を半日延ばし、18日夕、濁り沢出合いに幕営しました。翌日は烏帽子小屋前に、20日は野口五郎岳登頂後、はじめてブロッケンを見ました(左)。相棒と別れて三俣山荘キャンプ場に幕営(右・槍)、21日は三俣蓮華、双六岳を越えて鏡平の小屋へ。雨のため、楽しみにしていた裏からの穂高が見えずにがっかり。22日は新穂高温泉に下り、バス停の無料温泉に入り、高山泊まり。23日、名古屋まわりで帰宅しました。途中まで2人。 |
1984年8月19〜22日 ◇荒川岳から赤石岳◇ 131
19日朝、伊那大島駅を発ち塩川から三伏小屋に入りました。20日は小河内岳、荒川前岳を越えて荒川小屋前に設営、21日は大きな赤石岳を越えて赤石小屋に泊まりました。22日は富士見平からの展望を楽しんだ後、椹島からバスに乗り大井川駅に下りました。2人。 |
1985年4月28〜5月1日 ◇平ヶ岳◇ 135
28日朝、沼田からタクシーで鳩待峠へ、スキーで至仏岳を越えて目崎山手前で幕営しましたが、油断して雪目となり涙が止まらす眠れませんでした。29日は昼過ぎにやっと行動開始してスズケ峰まで移動しました。30日、平ヶ岳を往復し山の鼻まで下って幕営しました。1日は鳩待峠に登りやっと開通したバスで上毛高原駅に出ました。単独行。 |
1986年3月20〜23日 ◇北八ヶ岳◇ 139
20日朝、茅野駅からピラタスロープウエイに向かい、スキーで北横岳を往復し三ッ岳、雨池山を越えて雨池峠近くに幕営。翌日は縞枯山、麦草峠を通り白駒池から高見石に登り黒百合平に幕営しました。22日は快晴で、天狗岳を往復して午後はトカゲを決め込みました。ところが夜半から雪となり、23日は吹雪の中を渋ノ湯に下りましたが、バスが不通で堀部までスキーで下りバスで茅野駅へ出また。中央本線が不通となっていて、名古屋まわりで臨時の新幹線に乗りこれも臨時の電車で千葉の自宅に着いたのは午前4時近くでした。単独行。 |
1986年5月11〜14日 ◇北穂と奥穂◇ 140
11日朝、上高地から単独で涸沢に入り幕営しました。12日は快晴に雪の北穂高岳を往復しました。13日はガリガリに凍った奥穂高岳を往復、後から来た仲間達と横尾山荘に泊まり、14日に帰宅しました。5人。 |
1986年8月2〜3日 ◇一切経山◇ 141
読売山岳会のバスハイクで、2日朝、本社前を出発し福島民友新聞社を見学、仁田沼を巡って土湯温泉に泊まりました。3日は浄土平から鎌沼を経て(左)、快晴の一切経山に登り(右)、浄土平からバスの人となりました。31人。 |
1986年8月10〜11日 ◇尾瀬沼散策◇ 142
10日朝、同窓4家族10人が新宿発のバスで鳩待峠に向かい、山の鼻(写真左)に泊まりました。原を散策(右)、竜宮小屋でラーメンの昼食、鳩待峠でソーメンのおやつにブーイングが起きて、新宿到着後、天ぷらで打ち上げとなりました。 |
1986年8月23〜27日 ◇赤石・聖から茶臼岳◇ 143
23日朝、静岡駅から金谷駅に向かい、椹島から赤石小屋へ登り幕営しました。24日、赤石岳に登り百軒洞に幕営、25日は大沢岳、兎岳、聖岳を越えて聖平に幕営しました。26日、上河内岳、茶臼岳に登り無人のウソッコ沢小屋で足をのばしました。27日は畑薙に下り静岡駅に出て帰宅しました。単独行。 |

1988年8月6〜7日 ◇尾瀬◇ 148
読売山岳会のバスハイクで、6日バスで鳩待峠に入り、原を散策(写真上)して東電小屋に泊まりました。ホタルの乱舞がすばらしい夜でした。7日朝、尾瀬沼に出て(下)、大清水に下りました。40人。 |
1988年8月19〜21日 ◇乗鞍岳◇ 149
同窓4家族のハイキング仲間が初の3000メートルに挑戦。夜行バスで上高地入り(左)、明神まで散策し、乗鞍高原に泊まりました。20日、タクシーで畳平に向かい乗鞍岳に登りました(中)。21日は乗鞍高原を散策し(右)、帰京しました。8人。 |
1989年5月4〜6日 ◇立山を滑る◇ 152
4日朝、富山に着いたが、連休の混雑で雷鳥沢にテントを張った(左)のは午後3時過ぎでした。5日、スキーで一の越から立山に登り(右)、山崎カールを滑り降りました。この時期、雷鳥沢の8割方はスキーヤーでした。天候悪化との予報に予定を早めて、6日、黒部湖から大町に下山しました。単独行。 |
1989年8月18〜20日 ◇北横岳から雨池山◇ 156
同窓家族のハイキングで、18日朝、新宿発のバスで横谷温泉に向かいました。19日、ロープウエイで坪庭(写真右上)、ヒュッテ(同左)を経て、北横岳に登りました。三ッ岳、雨池山を歩き、横谷温泉へ。20日、付近を散策しバスで帰京しました。8人。 |
1989年8月22日〜23日 ◇檜洞、蛭、丹沢山◇ 158
いわゆるカモシカ山行で、2日分を1日で歩きました。前日、棚沢キャンプ場に仲間と泊まり、箒沢を朝6時に出発。檜洞丸に登り、蛭ヶ岳、丹沢山から塔ノ岳に至りました。ここまでに休んでのは昼食にパンを食べた20分だけでした。大倉尾根を下り暗くなったのですがヘッドランプを出す暇を惜しんだため、あと林道まで3メートルというところで石を踏んでネンザしてしまい、反省。単独行。 |
1989年12月10日 ◇三ノ塔◇ 160
岳友・宮本三郎さんが読売新聞社を定年後、丹沢・水無川の仲小屋を継ぐというので、三ノ塔を越えて大勢が小屋に集まり“前夜祭”を開きました。宮本さんは、知る人ぞ知る谷川岳で鳴らした「緑山岳会」の猛者でしたが、後年、体をこわしていました。この会の後も優れず、遂に小屋の実務に就くことなくこの世を去ってしまったのは誠に残念なことです。15人。 |

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